令和8年2月

現在放送中のNHKの連続テレビ小説「ばけばけ」の主人公の伴侶のモデルは、ご存知のとおり小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)です。この番組をご覧になっているお方はご存知のとおり、小泉八雲はなかなかの個性的な人として描かれていますが、事実そのような人物であったようです。その背景にはいくつかの出来事があります。
幼少時に両親が離婚し、裕福な大叔母に預けられましたが、そののちその家が破産し、不遇の時期を過ごします。16歳のときに通っていたカレッジのブランコで遊んでいるときにロープの結び目が左眼に当たって失明し、このことから終生写真撮影時には右側からだけにしています。その後知り合った有色人女性と24歳のときに結婚したことで、周囲の理解を得られないばかりか新聞記者の職を失い、3年で離婚することになりました。身体的にも精神的にも苦労が続いていた40歳のころに日本に来て、英語教員として働き、元来興味のあった日本文化に触れる生活が始まったところから、「ばけばけ」の小泉八雲が描かれています。
日本では松江、熊本、神戸で英語教師などをして1896年46歳のとき東京帝国大学の英文学講師となり、この年に日本に帰化し「小泉八雲」と名乗ることになりました。この時の住まいが今の新宿区富久町で、6年後には同じ新宿区の大久保に転居しましたが、1904年に亡くなり、ここが終焉の地になります。
なお、東京帝国大学の講師を1903年に辞した後、後任を務めたのが夏目漱石ですが、漱石も新宿区早稲田に住まいがありましたので、新宿区ゆかりの明治の文豪がいることは新宿にオフィスを持つ私共にとっては、大きな誇りになっています。
(余談ですが、東京帝国大学での漱石の授業は学生に不評で、評判の良かった八雲留任運動が起こったり、不満のため他の学科に転じた学生もいたそうです)

